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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和41年(ネ)8号 判決

控訴人(被告)

畦地弥一

代理人

松井順孝

被控訴人(原告)

畦地タツ子

代理人

豊島武夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一、控訴代理人は、主文の同旨の判決を求め、

二、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

第三、証拠関係}≪省略≫

理由

一本件不動産は、もと亡畦地与三郎の所有であつたが、同人は昭和三九年一〇月二二日死亡し、その相続が開始したこと、亡与三郎の相続人は、被控訴人主張のとおり、妻の被控訴人、養子の控訴人及び同訴中村まつ子の三名であつたが、昭和四〇年一月二二日被控訴人とまつ子の相続放棄の申述が金沢家庭裁判所小松支部で受理され、控訴人が本件不動産につき被控訴人主張どおりの各所有権移転登記ないし所有権保存登記を経由していること、ならびに被控訴人が金沢家庭裁判所小松支部に相続放棄取消の申述をなし、被控訴人主張の日に同裁判所においてこれを受理されたことは、当事者間に争いがない。

二そこで被控訴人の本件相続放棄の効力について判断するに、

(一)  <証拠調の結果>を総合すれば、亡与三郎は上記のように昭和三九年一〇月二二死亡し、同月二四日頃、同人宅にその近親者達が集つて香典開きが行われたが、その席上亡与三郎には相当額の負債があることが分り、その整理方法をめぐつて自ずと話が相続関係にも及んだところ、被控訴人も、「自分は百姓仕事などはとてもできず、どうせ控訴人に面倒をみてもらわなければならないし、また亡与三郎からは生前その住家ももらつているから、相続しようとは思つていない。」といい、まつ子も控訴人が後を継ぐのが順当だから相続する気はないとの考えで、結局畦地家は控訴人に継いでもらうのが最も順当であるというような話合になつたこと、そこで同月二九日、納骨のため近親の者達がぼ提寺の勝光寺に集つた際、たまたま午前一〇時の予定がお寺の都合で午后一時に延ばされたので、皆で話合の上、その暇を利用して、相続を済ますことになり、早速控訴人が金沢家庭裁判所小松支部から相続放棄申述書の用紙をもらつてきて、他の近親者らも同席する中で、相続人の被控訴人とまつ子に、右用紙を提示し、且つ相続放棄の趣旨もよく説明した上、控訴人においてそれぞれ該当欄に所要事項を記入し、これに被控訴人とまつ子が、よく納得の上、それぞれあらかじめ用意してきていた各自の印鑑を自ら押捺し、これを控訴人が、右両名に代つて前記裁判所に提出したものであること、しかるに被控訴人は、どういうわけか昭和三九年一一月五日金沢家庭裁判所小松支部で行われた審問で、「相続放棄の申述をしたことはない。しかし放棄するか、どうか、よく考えてみるから、しばらく審理をのばしてほしい。」旨を述べて続行を求めたが、翌年一月二二日の審問期日には、「前回の供述は間違いで、相続放棄の申述は真意によるものである。」旨を述べて、右申述の受理を求め、上記のようにこれを受理されたものであることを認めることができ、以上認定の事実関係によれば、被控訴人の本件相続放棄の申述は、全く同人の自由且つ真実の意思に基いたものと認めるのほかはないものというべく、したがつて被控訴人の本件相続放棄も有効といわざるを得ない。

(二)  被控訴人は、本件相続放棄の申述は、控訴人が被控訴人に無断でしたものである。仮にそうでないとしても、本件相続放棄は要素に錯誤があるから無効であるといい、更には本件相続放棄は、被控訴人主張の如き控訴人の詐欺、強迫による旨を主張してその効力を争い、<証拠調の結果>中には、一部被控告人の右主張事実に副うような部分もあるが、これらは、前掲の各証拠に比照し、あるいはその供述内容自体から考えて、たやすくこれを信用することはできないし、他に上記認定を覆えし、被控訴人の右各主張事実を肯認するに足る確証もない。

(三)  もつとも被控訴人の本件相続放棄は、その後上記のように、被控訴人の申立により、昭和四〇年一〇月一五日金沢家庭裁判所小松支部においてその取消の申述が受理されているので、右受理審判と別個に、本件の如く別訴で当該相続放棄の有効性を主張し得るかどうかは、一応問題ではあるが、もともと相続放棄取消の受理審判は、相続放棄の受理審判と同様、一応公証的意味を有するにとどまるものであること、相続の放棄またはその取消の申述を却下する審判に対しては即時抗告をなし得るが、右各申述の受理審判に対しては不服申立の道がなく(家事審判法第一四条、家事審判規則第一一五条第二項、第一一四条第一項、第一一一条)、利害関係人は別訴で相続放棄の有効、無効を争う以外に方法がないことなどを考え合せると、相続放棄取消受理の審判は、相続放棄の受理審判とともに、相続放棄の効力に関する実体的権利関係を終局的に確定するものではなく、右の実体的権利関係は、民事訴訟法による裁判によつてのみ終局的にこれを確定すべきものと解するのが相当であるから、被控訴人の上記相続放棄取消受理の審判は、何ら上記判断の妨げとなるものではないというべきである。

三果して以上説示の次第であつてみれば、被控訴人の本件相続放棄は有効にしてその無効を前提とする被控訴人の本訴請求は、その理由なく、失当たるを免れない。

してみれば、右理由なき被控訴人の本訴請求を認容した原判決また失当にして、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条によつて原判決を取消し、被控訴人の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(西川力一 島崎三郎 河合長志)

(別紙)登記目録、不動産目録≪省略≫

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